第13回世界アマ囲碁選手権戦 金沢大会

第13回世界アマ囲碁選手権戦 金沢大会

かねて世界的なイベントとして人気を博している世界アマ囲碁選手権戦の金沢誘致を考えていた金沢ニューグランド会長で連合会会長の八田恒平さんは、主催者である日本棋院や日本航空などと協議し金沢での世界アマ囲碁選手権戦開催が決まった。

開催日時 1991(平3)年5月21日~24日までの4日間
会場   金沢市高岡町の金沢文化ホール

後にも先にもない県下囲碁界最大のイベントであり、石川県と金沢市の全面的な支持をいただき、会長には八田恒平さん、日本棋院・日本航空共催、協議会活動推進の中心となる幹事長には副理事長の高松正明さんが選ばれた。事務局を北國新聞会館の金沢コンベンションサービス内におき、支配人の上山春樹さんらが幹事として活躍してくれた。

申し込みのあった世界各国からの参加選手は39名であり奇数だったため、開催都市から1名選出することになった。石川県の実力No.1である神野正昭さんは1982(昭57)年に世界アマの日本代表(当時は日本から2人参加)として10位入賞の実績があったため、神野氏が出場して入賞者に日本人が2人もいたら不評をかうという理由で女流の石川県No.1であった横幕正子さんが特別出場した。

促進協議会の最も重要な仕事である運営費の調達。日本航空は世界各国の選手の航空運賃をすべて負担いただいたが、それ以外の経費は全て開催地の負担であった。。。

石川県と金沢市から特別予算をいただいたほか、不足分は金沢商工会議所、石川県銀行協会、石川県建設業協会、石川県鉄工協会、石川県繊維協会などをはじめ個々の企業、団体などにも協賛をお願いした。(幸いバブルがはじける前であったため30万~50万という多額の協賛にも応じていただけた。)

意外に頭を悩ませたのは記録係である。全ての対局を正確に記録し、後日、本にするので絶対にミスは許されない。任務の重さに皆辞易し、結局地元からは10人、残りは日本棋院中部総本部に依頼し愛知県の大学生が手伝ってくれた。

大会を盛り上げるためのプレイベントとして4月29日(祝)、5月12日(日)に段級位認定大会、職域地域団体戦、プロアマ公開対局大盤解説会、プロ棋士による多面打ち指導碁などの囲碁フェスティバルも開催した。

5/17(金)、18(土) 選手登録受付・観光
5/19(日) 世界各国の選手39名と金沢市内の囲碁愛好家との市民親善対局 
5/20(月) 選手39名と地元の名士との国際親善対局
5/21(火)~24(金)ようやく大会開始である。(この時代はコミは5目半でした)

特別参加の横幕さんは1回戦スペイン選手に快勝。2回戦では剛腕のソビエト(1991年12月にロシア連邦誕生)の選手と対局。高松さんは少しロシア語が話せたため、横幕さんは「お手柔らかにお願いします」と相手選手に通訳して欲しいとお願いした。ソビエトの選手に高松さんがお願いしたところ「わかりましたよ」と快諾。剛腕を少し優しくしてくれたようだ。この一件でお互いにプレゼントをしたり友好的な時間を過ごした(^^)

この大会の優勝候補として注目されたのは中華台北から参加した13歳の夏銜譽である。日本の代表選手は当時2回優勝されたことのある今村文明(当時41歳)との注目の6回戦。中盤まで黒番の夏選手が大差でリード。しかし今村さんの粘りから誰もが予想できなかった驚天動地の変化が生じ、今村さんが逆転8目半勝となり3度目の優勝を手にした。

優勝 今村文明(日本)
2位 夏銜譽(中華台北)
3位 シュレンバー(オランダ)
4位 朴成均(韓国)
5位 李家慶(中国)
6位 ハイセ(ルクセンブルク)
7位 簡瑩(香港)
8位 ラザレフ(ソビエト)

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